信頼という言葉には、主に2つの意味合いが込められている。
【その人の発した言動を受け入れる】という信頼と、
【きっとその人ならこうしてくれるだろう】という信頼。 どっちも過去の信用あってのことだけど、前者は本人の言動という具体的な示しがあるのに対し、後者は信頼している側の希望的観測が多分に混じる。 言ってしまえば勝手な妄想であり、お門違いの期待値でもある。 推測と言い替えたっていい。
「〜さんなら絶対出来る」
「飛影はそんな事しない」
本人がアピールしていないのに、その力・過去の行動から勝手に信頼を傾けているのだから、ある種の押しつけでもある。 それが信頼ってもんだと言われたらそれまでだし、イメージを作ったのは過去の本人とは言え、各々の中の本人が一人歩きするって状況はちょっと度し難い。
実際、絶対出来るかどうかを判断するのは本人だし、飛影だってセックスの時は人が変わるかもしれない。 にも関わらず、想いを抱いた本人は、信頼の形として、信望を胸に宿した上で、その言葉を発している。 裏切られれば、勝手に失望する。 そこに悪意なんてものは一切介在していないのだろう。 裏切ったとされる側からすれば、いい迷惑だ。
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だから僕は、勝手な想像で人を信頼したりはしない。 先にも述べた通り、それらは推測であり、憶測に過ぎないんだ。
「アイツなら昨日skypeゲットした女に絶対メッセージを送り続けてる」
「確か嫌われてたはずだけど、アイツなら絶対そこから盛り返して、もしかしたら既に会う話まで進んでる」
「会ったら最後、セックスに持ち込むのは間違いないし、きっとそれをアイツは隠し続けて、一番インパクトのある瞬間に披露するに違いない」
これらは全部信頼ではなく、推測。 推察と言い換えたっていい。 過去に蓄えたある種の信用を元に、現状の推察を行っているに過ぎない。
だから、アテが外れても幻滅したりはしない。 自分の中で彼の評価を改め、最新データを次回以降の推察に活かす。 それだけだし、それだけでいい。 誤ったのは相手ではなく、自分なのだから、責任を押しつけるなんて行為は気が狂っている。
「俺を信じろ」と言われたら信じるし、
「俺を信じるな」と言われたら信じないけど、きっとやってくれると推測する事はある。
「愛してる」と言われたら信じるし、言葉がなければきっと愛してくれているのだろうと推測しつつ、でも愛していない可能性もあるな、と更なる推察を重ねる。
言動には可能な限りの信を置くが、常に推測の余地は残しておく。 言外やスルーには何かしらのサインが隠されているのだと推察し、自己責任で自己防衛の自己対処に備える。
そういう絶妙なバランスで、信頼の中にも様々な思惑が交錯している。 時の流れと人の心の移ろいがそうさせるのだけど、信頼と言う名の思考停止に浸るよりは、余程スリリングで良好な関係と言える。 何かの漫画で言っていたなぁ。 信じる為には、まず疑うべきだと。
言動があっても過去の信用度合いから信頼出来ない例もある。 信用がなくても、妄信的な感情で信頼しようとする場合もある。 言動を信じた場合は裏切った相手に責があり、無言に信を置いた場合はベットした自分に責がある。 それだけのこと。
ただ、如何なる感情が渦巻こうとも、言動に変換されていない行動を信頼なんて出来ないし、
「察して、信じて」なんてのは傲慢極まりない。 何を察するのか、何を信じるのか、暗中模索の中で生まれた絆に真実なんて欠片もない。 恐らくこれが正解のはずだ、正解だろう・・・?なんて神経をすり減らして、仮定の檻でヒザを抱える。 言動無き信頼なんてのはハリボテだ。
前提条件がそれらの言動を省略するケースはある。 例えば恋人同士なら、互いの事を最も愛している、他の異性と親密な関係にならない、など、いくつかの前提条件が付加される。 イチイチ
「僕たちは恋人同士なのだから、今現在愛し合っているし、他の異性と親密な関係を構築してはいけない、ってことは理解しているよね?」なんて確認する行為は無粋だし、確認を怠ったからと言って、それは推測だと息巻いて浮気した自分を正当化する人は少ないだろう。 1+1=2であれば、2+2=4であることの証明なんて必要ないのと同じ事だ。
かといって、信頼だけで人間関係を構築する事は不可能だ。 全ての心理状況を言動に表すなんて非現実にも程がある。 要所要所を推測が補完し、その推測がお互いに正しい事を信じ、あるいは感じ合う事によって、僕たちは人間関係を構築していく。
推測に過ぎない信頼でも、違えた相手に非が生じる場合だってある。 要はケースバイケースだ。 僕たちはロジックじゃないから、そういう分別も噛み砕いた上で日々を生きていかなくちゃあならない。 信頼がどうの、推測がどうのなんて言ったところで、最後に決めるのは己自身。 君が白と言ったものがあとで黒と知れたって、あくまで許容するのか、黒だと訂正するのかは、心のさじ加減なんだよな。
言動は例外なく信頼し、ネガティブな推測は可能な限り隅に追いやる。 盲目とはよく言ったもの。 そういう理屈じゃ収まりきらないところに人は神秘を感じ、魅力に引き込まれ、埋没していく。 全てが天秤で測れるのなら誰も苦労はしない。 全てが天秤で測れるのなら、誰も生を謳歌したりはしないだろう。 今日も世界は素晴らしい。 美しくなんかなくとも、素晴らしいことに違いはないんだ。
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閑話休題。
今日、前の職場で飲み会が開かれるそうです。 退職時にお別れ会すら開かれなかった僕までもが招待される大規模飲み会ですが、どうやら一部費用は会社負担とのこと。 これは激アツじゃないですか。 そりゃニートな僕もホイホイついて行っちゃいますよ。 どんなに気まずい飲み会でも、安酒安酒って念仏唱えながら自分の世界に引きこもっちゃいますよ。
でも、一つ問題が。 会社負担っつっても、僕たちは働いていた頃、毎月500円をスタッフ会費として上納していたのです。 こういう飲み会の時の費用として、上積みされてたってワケですね。 それを使うってんだから、自分の金で呑んでいるのと同じ事。 正確には全員参加じゃないので、欠席者が大損こいてるってだけなんですけど、積み立て分を全額使う訳でもないだろうし、厳密には損してるでFAなのですよ。
まあそれはいいでしょう。 大切なのは、僕はもう辞めてるってこと。 会社飲み会にはほとんど参加してませんでしたけど、今払ってない事に変わりはないのです。 となると、僕の分も会社が一部負担してくれるのか・・・? それとも僕含む退職者は全額自腹なのか・・・? ムムム、これは重要な問題ですぞ。 ヒゲ脱毛で疲弊した我が財布を、更なる臨時出費が蝕むのは避けていきたいところ。
そんなに気になるなら直接幹事に聞けば良いんですけど、↑の会社負担ってのは幹事から来たメールに記載されていたので、もし僕が適用外ならわざわざメールに記載しないでしょう。 いやしかし、お前は働いてないんだから言わなくてもわかるよな、察しろってこと・・・? 一括メールで僕だけ外すのが面倒だったからとか・・・いやでも普通に考えたら僕も範囲内・・・しかしでも・・・う〜ん・・・ヴァギナ・・・ヴァギナ汁だく・・・うううううううううう〜〜〜〜〜〜〜ん・・・・・・・
いや、ここは信頼しよう! 離職者は範囲外なんてケチいことするわけないよね! 仮にそうなったとしても、酔ったふりしてみんなと同じだけしか払わず、退散しちゃえばいいだけのこと! 退散する必要すらないんじゃないかなあ、だって僕みんなにきっと好かれてるし! 辞めてるのに尚声かけられるってのはそういうことだし! でも飲み放題じゃ無いから
人数増えた方が一人頭の負担額は少なくn信頼してるもの!!! よーし、お兄さん今日は財布に2000円しか入れていかないぞー。 それ以上要求されても払えないぞー。 裏切られたら孫の代まで恨み尽くしてやる!!! 金の恨みは怖いんだってばよ!!!(豆粒のような心でにらみつけながら)
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